vol.46 2007年 3月 18日発行

平群温室バラ組合 組合長
奥田 兼一 さん

『ヘグリローズ』を生産
平群から全国へ
 奈良県生駒郡平群町、ココから大阪市場に自信を持って出荷しているものがある。『ヘグリローズ』として90品種ものバラを、年間を通し生産している、平群温室バラ組合組合長の奥田兼一さんにお話をうかがった。

関西有数のバラ生産地
関西有数のバラ生産地として知られていますが、平群でバラは昔から生産されていたのですか。

奥田 いいえ、昭和48年、ほんの30数年前からです。平群町の農家は路地野菜を中心に生産していたのですが、土地基盤が悪かったので、規模拡大などができない悩みがありました。その頃の若い農業者、その中にうちの父もいたのですが、その当時の若手たちが「このままでは発展はない」と、農業の近代化を目指し、共同でバラ栽培に取り組むことにしたのです。

どうしてバラだったのでしょうか。

奥田 当時は高度経済成長時代で『嗜好の時代』に移行していった時です。だから洋花栽培に着目したのです。有望品目としてバラ、カーネーション、洋ランに絞って、研究や話し合いを重ねたようです。所得の安定性や、労働生産性、将来性などを考慮して、バラの栽培に決定したのです。

その中にバラ生産者はおられたのですか。

奥田 いいえ、苗を扱っているところはありましたが、本格的バラの切花生産者はいませんでした。ほかは野菜や菊などの生産者でした。
次の世代へつなぐ
今、バラ以外の生産はしてないのですか。

奥田 バラいっぽんです。

当時、それは思い切ったことだったでしょうね。今まで生産してきた実績を捨てて、バラいっぽんに絞らせた思いは何だったのでしょう。

奥田 将来、次の世代が喜んで跡を継いでくれる農業をしなければと考えたらバラの温室栽培。それなら、これに命をかけようという思いだったのでしょう。7軒の農家で平群温室バラ組合を結成し、農地の集積と団地化をはかり、企業的農業経営に転換したのです。7軒が運命共同体となって…。今、父たちはその当時を振り返って「よう(決断)したなぁ」と笑っています。

ゼロからのスタートですよね。すごい勇気と決断力です。でもその結果が、今につながっているわけです。バラ生産者として平群温室バラ組合が注目され、大阪の花市場でも信頼を得ていると聞いています。
どこの産地よりも新鮮
ヘグリローズがほかの産地のバラとは違うという点はどこですか。

奥田 今、市場や水あげ剤の会社などと一緒に、品質保証の取り組みをしています。毎週水曜日に大阪、難波駅のコンコースでバラの販売をし、1週間の品質保証をしていて、今のところノークレームです。バラは部屋の温度や置かれている環境で、持ちが違います。もちろん季節によってもです。平群は他の生産地に比べ大阪の市場に近く、どこよりも新鮮な花を届けることができます。

その新鮮さは大きなセールスポイントですね。

奥田 はいそうです。それにこの組合では撰花を、生産者ではなく第三者にゆだねています。それによって品質が保たれているのです。

第三者による厳しいチェックで市場に良品を出す、それによってますます信頼できるブランド作りができるということ。ヘグリローズの箱がたくさんの花屋に持ち帰られるということですね。

奥田 私たちはほとんどのバラを市場に出荷しています。市場が最初のお客様。そこでヘグリローズが選ばれて、街の花屋に並ぶ。様々な人のバラへの思いが最後に消費者のみなさんに届くのです。だからこそ、最初の我々の段階で、おかしなものを出せない責任があります。

“おかしなものを出さない”その思いはどの生産物でも、一番大切なことだと思います。高品質を当たり前にしたところにヘグリローズの強みがあるように感じます。この組合建物の横にバラ専門店「Heguri Rose」(平群町福貴403 TEL:0745-46-1214)がありますが、そこはまさに生産直売ですね。

奥田 そうです。生産者で共同運営していますから、一番新鮮です。
守る信頼の品質
たくさんのガラスハウスが並んでいますが、どのくらいの面積なのですか。

奥田 約1万坪です。

それを7軒で生産されているのですか、管理も大変でしょう。

奥田 現在は引退された方もいらっしゃって6軒で運営しています。それぞれの生産者が一農家として自分のハウスを管理し、出荷でひとつになる。父世代につながった運命共同体は、子世代の私たちに引き継がれています。

1人ではできなかったかもしれない決断や生産が、同じ方向を目指す仲間によって可能になる。ヘグリローズがその答えですね。美しく、香り高く、気品のあるバラ。時代によって人気品種は変わるけれど、求められる基本は変わらない。信頼の品質をこれからも守っていってください。ありがとうございました。

Vol.45