vol.45 2006年 12月 17日発行

駐日モンゴル国大使
レンツェンドー・ジグジッド さん

モンゴルと奈良の架け橋に
 駐日モンゴル国大使のレンツェンドー・ジグジッドさんが来奈。奈良県との架け橋として、編集長の上田さとるがこの訪問のお手伝いをした。
 チンギス・ハーンの以前から、「シルクロード」を保護して世界の交易ネットワークを拡大させてきたモンゴル国。これからの奈良とモンゴルはどう繋がっていくのか…。

奈良の印象
ようこそ奈良に。奈良の印象はいかがですか。

ジグジッド 素晴らしい街です。私は今、東京に住んでいますので、奈良はゆっくりとした街という印象です。

土地の印象なら、モンゴルも広大でゆっくりとした感じのイメージがあります。

ジグジッド そうですね。草原などのイメージですね。あと日本で、モンゴルといえば、“ウォッカ”や“モンゴル相撲”“朝青龍”ですよね(笑)。

今、日本で活躍しているモンゴル出身力士は何人くらいですか。

ジグジッド “横綱”から“序二番”まで35人です。


そんなにたくさんいらっしゃいますか。
モンゴル相撲
ジグジッド はい。モンゴルでも相撲は盛んですが、日本の相撲とは違いがあります。まず衣装が違いますね。それに土俵と制限時間がないのです。決着がつくまでやるのですよ。

決着はどうなればつくのですか。

ジグジッド 手をついても良いのですが、肘や膝、肩、背中のいずれかが地面につくと負けます。決着がつかなければ途中で休憩をいれることもあります。

相撲は日本の国技ですが、モンゴルでは『羊の肉とモンゴル相撲がないと反乱がおこる』と昔からいわれていると聞いたことがありますが、それほどモンゴル相撲は大衆に密着したスポーツなのですね。
親日家の駐日モンゴル国大使
ジグジッドさんが駐日モンゴル国大使に就任されたのは今年、2006年8月からでしたね。それ以前はどちらにいらっしゃったのですか。ジグジッドさんご自身のことをお聞かせください。

ジグジッド 私は1959年、モンゴルの首都・ウランバートル市生まれの47歳です。1980年にモンゴル国立大学数学物理学部を卒業後、東京外国語大学付属日本語学校で日本語を学び、1985年に信州大学繊維学部を卒業しましたので日本には愛着があります。

それでそんなに日本語がお上手なのですね。

ジグジッド はい。その後、カシミヤ・キャメル製品製造「ゴビ」国営会社に就職し、1990年に外務省アジア・アフリカ地域局職員、参事官、1996年から駐日モンゴル国大使館一等書記官、参事官を、2000年から外務省アジア・アメリカ地域局参事官を努め、その折にニュージランド、ヴィクトリア大学に通い、2004年9月からは駐日モンゴル国大使館公使となり、今年の夏から大使になりました。
日本の約4倍の面積
モンゴルはどのような国ですか。

ジグジッド 面積は156万4100平方キロメートル、人口は約256万2400人です。北にロシア、南に中国があり、主要産業は鉱業や牧畜業です。

日本の約4倍の面積ですね。 外務省のホームページで見たのですが、2年ほど前にモンゴルで標記世論調査が実施され、日本が「好きな国」、「行きたい国」、「親しくすべき国」の全てで高位を占めて、国として親しみを感じるとの回答が7割を超えていた結果がありました。モンゴルにおける親日度は極めて高いようですね。

ジグジッド そうですね。市場経済の交流など、日本への経済と技術に対する評価が高く、日本の存在感は大きいですね。今、モンゴルは人口の約7割が35歳以下で働き盛りです。豊富な資源があるのですが、実際、モンゴルだけの力ではできないことも多いのです。

そこで友好関係のある国々との積極的な協力体制が必要ということですね。

ジグジッド はいそうです。上田さんにご同行いただき、奈良県知事にお会いし、モンゴルのお話をさせていただきました。奈良と今後どのようなつながりを持って交流していけるかが楽しみです。

モンゴルは今後の可能性や魅力のある国だと思います。奈良の産業でモンゴルに通じるものがあれば、産業的な交流や互いの支援も行っていけると思います。私自身、また一歩、モンゴルと近しい関係になれたとうれしく思っています。これからもご公務お忙しいでしょうが、モンゴルと日本のため、ご活躍を期待しております。

Vol.44