vol.40 2005年 9月 18日発行

陶芸家
箱崎 竜平 さん

『創り手』と『使い手』が楽しさを共有する作品
 奈良市の東部山間、赤とんぼが舞い、大和茶畑が広がるこの地に工房を持つ陶芸家・箱崎竜平さんを訪ねた。8月の末から9月初めにかけ、東京での個展を終えたばかりの彼は、編集長・上田さとるの東大寺学園時代からの友人。なつかしい話も飛び出した取材となった。

学生時代があったから今の自分たちが楽しい

箱崎さんは、東大寺学園の中学高校生活6年間を過ごした友人。でもあの時代、あまり接触はなかったように思います。

箱崎 そうですね。でもあの頃の友だちは、何年ぶりかに出会っても『俺』『おまえ』の世界。あの頃より、良く話すようになったように思うなぁ。

本当に。私も今、学生時代の多くの友人たちにいろいろと相談に乗ってもらったり、助けたり助けてもらったりの付き合いをしています。あの学生時代があったから今の自分たちがあるのだと思うのです。

箱崎 みんないろんな業界にいますからね、それぞれの、役に立つ世代にもなってきた(笑)。

しかし箱崎さんが陶芸の道に進むとは思っていなかったですよ。いつ頃からこの道に進んだのですか。確か、大学は教育大学でしたよね。

小さい頃から焼物作品に触れる

箱崎 北海道教育大学に進み教諭免許を取って、卒業後は京都市立工業試験所で技能養成を修了し、その後、笠間市で陶芸家・小林東洋氏に師事したのです。

陶芸との出会いはその時ですか?

箱崎 もともと母の仕事関係で素晴らしい焼物を小さい頃から真近で観る機会に恵まれていたのです。中学くらいから、陶芸をしたいとは思ってはいたのだけど、進学校で過ごしていたので、大学にいくのが当たり前だった。あの頃、陶芸の世界にすぐに向かう勇気がなかったのでしょうね。

教職にも就かれていましたよね。

箱崎 7年間、小・中学校、女子校などで教鞭をとっていたのですよ。

少し、遠回りはしたけれど、陶芸の世界に飛び込んだ。きっとその遠回りは無駄ではなかったと思いますよ。

箱崎 確かにそう思います。

好きなものを創る

作品を見せていただきましたが、ランプシェードから、コーヒーカップまで、様々な形のものがありますね。そしてその作品にはRの文字が入っている。これはRYUHEIさんのRですね。作品づくりはどのような発想から始まるのですか。

箱崎 好きなもの、楽しいと感じられるものが基本かな。自分の陶展に並べる作品は自分の好きなもの。だけど、注文されたものをそのニーズに合わせてつくることもありますよ。一人でつくるので量産はできないのですがね。

同じ形の器を5個や10個と頼まれた場合はどうですか。

箱崎 同じ形の器をつくりますが、全く同じ形をつくることはありません。実際はその時、その時の揺れがあるので、カーブが少し違ったり、重さが少し違ったりということが普通です。色も模様も形もそうです。判を押したような同じ丸は描けないし、描かないですから…。

それが作品の味になってくるのですね。

同じ価値観で

箱崎 私の作品を好んでくださる方と私が、その作品を通して、楽しさを共有しているのだと思うのですが、どう思いますか。私が好きでつくった作品を、「好きだ」、「手元に置きたい」という方は、私とその作品を観る価値観が同じだと思うのです。『創り手』と『使い手』が楽しさを共有する作品です。最近、顔を見ただけで、その使い手となる人が求めているものがわかるのですよ。

わかりますか。

箱崎 はい。

箱崎さんの作品を料理雑誌等で見かけたことがあります。料理人との出会いも刺激があるのではないですか。

箱崎 もちろん、刺激的ですよ。料理人が私の器を使いたいと思う、そしてこういう料理をのせたいという、またはこういうイメージの器がほしいという、そうなると、ある意味、コラボレーションするまでに戦いがあります。料理人とだけでなく、お店のこだわり、料理の出し方など、そのあたりは、きちんとディスカッションの場を持って、サンプルをつくってからはじめるのです。

人との交流も同じですよね、ディスカッションの場が多ければ多いほど、その人とのつながりが深まり、その人となりも解ってくる…。

箱崎 同じ青春時代を過ごしたけれど、上田さんは『ヒト』に向かい、私は『モノ』に向かっている。それぞれの道を歩いているのですね。

お互いにそれぞれの道を歩んでいるとしても、刺激的な存在であるのが、学生時代からの友人。この場を借りて、今後ともよろしくお願いします。

箱崎 こちらこそ。(笑)。


自身の作品を『創り手』と『使い手』が楽しさを共有する作品と話す箱崎さん。彼の作品の中には強さと優しさが共有している。

Vol.39