vol.39 2005年 6月 19日発行

奈良スローフード協会 コンヴィヴィウムリーダー
尾川 欣司 さん

子どもたちの『食育』に力を注ぐフレンチのシェフ
 1986年、イタリアの片田舎、ブラ(BRA)で、ひとつのN.P.O(特定非営利運動)が始まった。それは3つの指針を掲げ、『Slow Food(スローフード)』と名づけられた運動。現在世界に約8万人の会員を持つ活動に広がり、日本では約2000人の会員が登録している。
 2003年の末、奈良県に初めてイタリアの本部に支部=コンヴィヴィウムとして認証された奈良スローフード協会。そのリーダーとして活躍中の尾川欣司さんにお話をうかがった。

ファーストフードの反対語
スローフードの語源ですが、ファーストフードの反対語ということからですよね。その始まりについてお聞かせいただけますか。

尾川 イタリアの、『ローマの休日』で有名なあの階段の近くに、ファーストフードの店が出現した時代、ちょうどそのころくらいから、さまざまな条件が重なって、ファーストフードがもてはやされる時代に突入したのです。そんな、全世界で味の均質化が起こってきている状況に危惧を抱いたカルロ・ペトリーニ氏をはじめイタリアの人たちが、地元の食材と「食」にまつわる文化を大事にしようと取り組み始めた運動がスローフード。ファーストフードに反してスローフードと提唱され、1986年に始まり、1989年、協会が設立されたのです。

スローフードは、そのまま読むと、ゆっくり食べるという意味になりますが、どのような考えのもと提唱されたのですか。

尾川 はい、もちろん、よく噛んでしっかり味わいながらゆっくり食べるという意味も含まれますが、スローフードには3つの指針があります。一つは、『消えてゆく恐れのある伝統的な食材や料理、質の良い食品や酒を守る』、二つ目は『質の良い素材を提供する小生産者を守る』、そして三つ目は『子どもたちを含め、消費者に味の教育を進める』です。
『食育』に力を注ぐ

それは具体的にはどういう活動ですか。

尾川 一つ目の指針は、その地方で作られてきた食材や料理、タネを守りついで行きましょう。例えば、大和郡山のナスなどの大和野菜や、そのタネ、奈良県で昔から食されてきている茶がゆ、マナとアゲのたき物など、忘れかけられている郷土料理などをもっと知って食べましょうということ。二つ目の指針は家族でがんばっている、小規模だけれど地元産を提供してくれている生産者をサポートしましょうというもの。例えば日本でいえば焼酎などはその良い例ですね。小規模生産者ががんばっている。三つ目は食の教育。食べる時のマナーや、今まで食事によって養われてきた五感を取り戻すための教育です。

奈良スローフード協会は特にその『食育』に力を入れていらっしゃると聞いています。尾川さんご自身も奈良県内を西に東に、南へ北へと出かけられてお話をされているとか。

尾川 そうですね、いろいろなところから要請をいただいてお話に行っています。学校では子どもたちだけでなく親世代にも。病院関係ではカロリー計算だけでは病気は治らないと話していますよ。

尾川さんは大和郡山にあるフランス料理店『Le BENKEI』のオーナーシェフ。他にも大和郡山市教育委員会の教育委員や、近畿大学農学部で講師も務められ、さまざまな分野にお忙しい方。時間を作るのは難しいのではないですか。

尾川 「話をしに来て」、「教えて」と言われたら、なんとか段取りをつけてうかがっていますね(笑)。これからの未来を背負って立つ子どもたちのためですから、今、動いておかないとね。

食卓はディスカッションの場

今の子どもたちのために我々ができる『食育』とは何でしょうか。

尾川 もう一度、家庭できちっとした食生活を考えることです。もちろん、学校給食も、病院食も同じです。それは子どもだけでなく、すべての人間に通じるものです。日本は高度成長期にガラッと生活が変わりましたね。それは食生活も変わったということ。核家族化が増え、今まで、食事の作法やしつけをしてくれていたおじいちゃん、おばあちゃんと食事をすることがなくなり、仕事で忙しいお父さんと顔をあわすことなく、塾通いが始まって1人での食事や、ファーストフードやコンビニ弁当を途中で食べるという事態にまでなってきました。

確かに、家族で食事をする、いわゆる一家団欒で夕食というのは、ひとつのコミュニティーでディスカッションをする状況でもあり、思えば、その日のあったことなどを話し合うイベントでもありましたね。

尾川 そうです。家訓がそこから生まれ、作法が伝承されてきたのです。食卓を囲むということは、人生の経験者たちの知恵や知識を聞く時であり、教えを聞く耳の形成、心の形成ができる時だったのです。私は今の時代、子どもの教育とともに、お母さんたちの教育をしていかないといけないと思っています。生活習慣病なども親の責任です。そんな中、お母さんたちは料理をつくる段階で、まず力量が問われますよ。子どもたちにカツオやコンブの味(だし)を教えて行かないといけないですからね。

最近、カツオやコンブだしを魚臭いなどという子どももいるらしいですね。

尾川 日本の本物の味を知らないのです。教えてもらってないのです。近頃の子どもたちに好きなものを書いてもらったところ『回転寿司』と書く子が多いらしいです(笑)。サプリメントで子どもたちの栄養を補おうとしているお母さんも多いようで、曲がったキュウリや虫のついたキャベツを使わないお母さんも…。

自然派志向も増えてきましたが、まだまだ流通しているのは形の整った食材が多いですからね。

在来種と交配種どちらを育てる?

尾川 野菜のタネなどには在来種と交配種があるけれど、人間ならどっちのタイプが良いのだろうかと学校関係者とよく話をします。形が整って流通にのりやすい交配種のような平均的な人間と、やんちゃやけど、個性的やけど、噛めば噛むほどおいしい味のある在来種のような人間、どっちを育てていくのが良いのかと。

食育は道徳でもあるのですね。精神論にも、人生論にも、社会論的にも、食はすべてに通じるように思います。

尾川 そうです。まさに正しい食を通じて、人は育っていくのですよ。


 36支部ある日本のスローフード協会の中でも、食育に重点をおいて発会したところは奈良が初めて。尾川さんたち奈良スローフード協会の今後の活躍は未来への子どもたちに目を向けられている。
※『奈良スローフード協会』問い合せはTEL.0743-52-4655白水さんまで。


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