| その時代に機能したものは変化しながらも、また受け継がれていく。 |
| 歴史あるお寺で、伝統を守っていくというのは難しくありませんか。 |
| 松久保 難しいこともありますが、単に過去のものをそのまま未来に残すことが『伝統を守る』ではないように思います。伝統や歴史を土台として、人が生きてきた軌跡が文化。それは私たちが、今の時代の人間がこういう生き方をしてきたんだという道筋やマナーや、モードであって、次の世代に残していく、受け継がれていくものではないでしょうか。 |
| そうですね、伝統や歴史は、いつ、誰によって変えられるかわからない。何千年の歴史があっても破壊されることもある。バーミアンの石仏のように。薬師寺も千三百年の歴史の中で兵火に合い、焼失していますね。しかし仏様と東塔と、その心が受け継がれてきたわけですね。 |
| 松久保 守るべきものをしっかりと見すえ、その時代に応じた、機能したものを見定めていく必要があります。お寺も、その時代の人たちの心遣いや心粋を文化として受け入れ、いろんな形に変えていかないといけない。伝えていかなければいけないと思います。奈良のお寺の多くは従来、学問寺です。いろんな人の学ぶ場であり、情報発信地でなければいけないんです。 |
| 守りながらも、新しいものを加えていくというのは、難しいですがおもしろいものがありますね。『面倒くさい』とか、『ややこしい』とかというイメージもある伝統ですが、それについて学ぶ人も多く、もちろん頑なに守ってくれる人がいて伝わってきているもの。伝統や歴史に立脚しながらその時代のエッセンスを交えて伝えていく。もしかしたら今まで、そうだったからこそ、伝統は、いつの時代の人々にも新鮮で、興味深いものなのかも知れませんね。 |
| 松久保 そうですね、そして私たち僧侶は、仏教の中にある教えを、現代につなげて説き、人々の心に届ける、きっかけをつかんでいただく為のお話をさせていただく役目をさせていただいているように思います。 |
| インドは「すっごい嫌いやけどすっごい好きな国!」 |
| ところで、大学を卒業されてすぐお寺に戻って来られたのですか。 |
| 松久保 いいえ、その後、インドに3年間留学、帰国して名古屋の大学院に行きました。 |
| インドでの生活はどのようなものでしたか。何を学ばれたのですか。 |
| 松久保 インドにはサンスクリットの勉強に行きました。インドでの経験は、その後の人生についても、すごく意味のあるものでしたね。インドに行って、人の尊さや偉大さを想い、インドに生きる人たちを見て、インドの社会を見て、社会ってなんだろうとも考え、生活の中でケンカもして人間を教えてもらいました。あの時期に、人ってこんな風に生きているんや、というものを初めて知ったようにも思います。 |
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日本とはまったく違う社会や人の考え方の中で、インドに染まる事ができましたか。 |
| 松久保 染まる事はありませんでしたね。もともとの概念が向こうは大きい!社会システムも人の生き方もまったく違いますから。「なんでこんなことが認められるんや」ということも多いのです。許せないことも。インドはすっごい嫌いやけど、すっごい好きな国ですね。愛するが故の憎しみという感じでしょうか。 |
| インドの人たちから見て、日本という国はどんなイメージでしょうか。 |
| 松久保 イメージは非常に良いですよ。アジアの中の隣人という感じです。連帯感さえも持っている。私が帰国する時、向こうで乗っていたバイクを、インドの友人は『乗って帰れ』と言いましたね。大陸的な考え方なので、日本もカルカッタの向こうぐらいにしか思っていないのですよ(笑)。 |