VOL.26

法相宗(ほっそうしゅう)大本山 薬師寺 録事
松久保 伽秀(かしゅう)さん

時代のエッセンスが
加わって伝統や歴史が
受け継がれていく

 西ノ京に近づくと、見えてくるのが薬師寺の東塔と西塔、そして金堂の屋根。夜になるとライトアップされ、優美な姿を浮き上がらせる。
 法相宗大本山薬師寺は写経勧進により、白鳳伽藍復興事業を進めており、平成8年より始まった大講堂の復興が本年完成。来年平成15年3月には落慶法要が行われる。
 この寺に生まれ育ち、薬師寺録事として多忙な松久保伽秀さんにお話をうかがった。

〈聞き手〉編集長 上田さとる


白鳳伽藍大講堂復興記念ブッサンテン?!
来年3月に大講堂の落慶法要が行われるとうかがっていますが、毎日お忙しいでしょう。特に薬師寺の方々は全国を走り回っていらっしゃるというイメージがあります。この夏は東京の方で薬師寺展を催されたのですよね。
松久保 はい。百貨店内で『ブッサンテン』をさせていただきました(笑)。
物産展ですか?
松久保 物産展ではなく仏様を賛する『仏賛展』という意味で、持統天皇千三百年玉忌・薬師寺大講堂復興記念として『薬師寺展』を来年の2月まで、全国8ヵ所でさせていただきます。その最初の地が東京でした。
お父様は現薬師寺貫首の松久保秀胤(しゅういん)さんですよね。薬師寺というお寺で生まれ育ち、自然に僧侶の道を選ばれたのですか。
親の背中を見て…
松久保 この世界に入ったのは、やはり親の後ろ姿を見て育ったからですね。誰もいないお堂でひとり、お経を読んでいる姿など。ただ、正直なところ、自然にひかれたレールにのったわけではありませんでした。最初は客観的に仏教を見てみたい、「千年以上も人々の心に残ってきたのはなんでや!」で学問の世界に入っていったのです。その結果、ひかれたレールで、どれだけ自分なりの走りができるかやってみようと思った。レールについては、子どもは誰しも、どこかで疑問を感じる時期があると思いますが、レールの上をどんな風にして走るかはその本人の自由だと思ったんです。
では自分で選ばれた道なのですね。僧侶になられて良かったですか。
松久保 良かったと思う事が多いですね。毎日、気持ちがあったかい、人のことをあったかく感じるんです。淋しいとか、侘しいと感じる事がない。
それは充実していらっしゃるからですよ。
その時代に機能したものは変化しながらも、また受け継がれていく。
歴史あるお寺で、伝統を守っていくというのは難しくありませんか。
松久保 難しいこともありますが、単に過去のものをそのまま未来に残すことが『伝統を守る』ではないように思います。伝統や歴史を土台として、人が生きてきた軌跡が文化。それは私たちが、今の時代の人間がこういう生き方をしてきたんだという道筋やマナーや、モードであって、次の世代に残していく、受け継がれていくものではないでしょうか。
そうですね、伝統や歴史は、いつ、誰によって変えられるかわからない。何千年の歴史があっても破壊されることもある。バーミアンの石仏のように。薬師寺も千三百年の歴史の中で兵火に合い、焼失していますね。しかし仏様と東塔と、その心が受け継がれてきたわけですね。
松久保 守るべきものをしっかりと見すえ、その時代に応じた、機能したものを見定めていく必要があります。お寺も、その時代の人たちの心遣いや心粋を文化として受け入れ、いろんな形に変えていかないといけない。伝えていかなければいけないと思います。奈良のお寺の多くは従来、学問寺です。いろんな人の学ぶ場であり、情報発信地でなければいけないんです。
守りながらも、新しいものを加えていくというのは、難しいですがおもしろいものがありますね。面倒くさいとか、ややこしいとかというイメージもある伝統ですが、それについて学ぶ人も多く、もちろん頑なに守ってくれる人がいて伝わってきているもの。伝統や歴史に立脚しながらその時代のエッセンスを交えて伝えていく。もしかしたら今まで、そうだったからこそ、伝統は、いつの時代の人々にも新鮮で、興味深いものなのかも知れませんね。
松久保 そうですね、そして私たち僧侶は、仏教の中にある教えを、現代につなげて説き、人々の心に届ける、きっかけをつかんでいただく為のお話をさせていただく役目をさせていただいているように思います。
インドはすっごい嫌いやけどすっごい好きな国!
ところで、大学を卒業されてすぐお寺に戻って来られたのですか。
松久保 いいえ、その後、インドに3年間留学、帰国して名古屋の大学院に行きました。
インドでの生活はどのようなものでしたか。何を学ばれたのですか。
松久保 インドにはサンスクリットの勉強に行きました。インドでの経験は、その後の人生についても、すごく意味のあるものでしたね。インドに行って、人の尊さや偉大さを想い、インドに生きる人たちを見て、インドの社会を見て、社会ってなんだろうとも考え、生活の中でケンカもして人間を教えてもらいました。あの時期に、人ってこんな風に生きているんや、というものを初めて知ったようにも思います。
日本とはまったく違う社会や人の考え方の中で、インドに染まる事ができましたか。
松久保 染まる事はありませんでしたね。もともとの概念が向こうは大きい!社会システムも人の生き方もまったく違いますから。「なんでこんなことが認められるんや」ということも多いのです。許せないことも。インドはすっごい嫌いやけど、すっごい好きな国ですね。愛するが故の憎しみという感じでしょうか。
インドの人たちから見て、日本という国はどんなイメージでしょうか。
松久保 イメージは非常に良いですよ。アジアの中の隣人という感じです。連帯感さえも持っている。私が帰国する時、向こうで乗っていたバイクを、インドの友人は『乗って帰れ』と言いましたね。大陸的な考え方なので、日本もカルカッタの向こうぐらいにしか思っていないのですよ(笑)。
 薬師寺では平山郁夫画伯奉納による、玄奘三蔵院伽藍・大唐西域壁画殿の秋季特別公開が始まった。11月25日まで。17日からは北海道で『薬師寺展』が始まる。
 休日はあるのかと伽秀さんにうかがうと、「365日休みなしです。逆に休みがあると、何をしたらいいのかわからない」と笑った。

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