VOL.11

安堵町なもで踊り 保存会会長 安井 修さん
生まれ育った地元の
民俗芸能を復活!
後世に残したい!

 安堵町にその昔、庶民生活の中から生まれた『なもで踊り』という民俗芸能がある。明治時代以後、何かの理由で見ることがなくなったこの雨乞いの踊りを、100年後の平成になり復活させた功労者のおひとりが安井修さん。復活当時の苦労やこれからの活動についてうかがった。

〈聞き手〉編集長 上田さとる


 その昔、生活の中から生まれた…?!
なもで踊りとはどういう踊りなのですか?
安井 なもで踊りは、雨乞いの踊りです。もともと室町時代に流行した風流踊りの系統を引き継いで、江戸時代前期頃から大和盆地の各地で盛んに踊られた太鼓踊りの一種ですが、庶民の生活の中から生まれた素朴な踊りだったと思います。
聖徳太子ゆかりの飽波神社に伝わる踊りだと聞きましたが。
安井 正確には、安堵町の東安堵地区と西安堵地区を守る総鎮守社である飽波神社に奉納されていた踊りです。明治時代に入って、ため池などが整備され、雨乞いの必要がなくなったことなどから衰退したようで、残念ながら歌や踊りの様子は平成の現在には伝わっていなかったのです。
 県有形民俗文化財の民俗資料を基に…
それがなぜ、復活することになったのですか?
安井 踊りの様子を伝える絵馬や、踊りに使ったと思われる道具が残っていたのです。1673年(延宝元年)から、江戸時代だけで少なくとも19回は飽波神社で奉納された記録も残っています。安堵町歴史民俗資料館の方から、その話を聞き、奈良県や安堵町の協力を得て、安堵町商工会が中心となり、平成7年の11月に復活させたのです。
歌や踊りの復元はどのようにされたのですか?
安井 飽波神社に現存している県有形民俗文化財の民俗資料を基に、作曲家や日本舞踊の家元にもご協力いただいて創作しました。
平成版なもで踊りですね。
安井 そうです。なにしろ100年前に消えてしまった踊りですので、映像的な記録がありませんでした。お年寄りの中には幼い頃に見たことがあるような…というような反応もあったのですが、確かな記憶などはなく、絵などの記録資料で衣装や舞の振りを考えていただきました。
 後継者を育てたい!
民俗芸能はその土地土地の伝統色を残すものだと思います。だからこそ、100年前のように廃れさせず、守り、後世に伝えるためには、地元の人たちの引き継ぐ意欲が必要ではないかとも思います。その点においては後継者たちの問題はありませんか?
安井 実はこの踊りに関しても例に洩れず、後継者問題に頭を悩ませています。年々、保存会のメンバーの平均年齢が上がる一方で、後への希望の光はまだ見えません。できれば教育機関の協力を得て、子どもたちにも伝承できたらと考えているのですが、現在のところまだ、ご理解を得ることができず、保存会独自でメンバーを募集している状態です。練習は月に1度で、飽波神社秋祭りの奉納や安堵町産業フェスティバルに参加、他町からの招待などにも答えています。興味のある方には、ぜひ生の踊りを観ていただきたいですね。
庶民生活の中から生まれた民俗芸能こそ、きちんと伝承して残していってほしい、それはしいては、文化観光の原点になるのではないかと思います。今後も保存会のますますのご活躍を期待しています。

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