VOL.2

赤膚焼 窯元 大塩 昭山さん
古き良き伝統文化を
現代に

遠州七窯のひとつ赤膚焼は、奈良を代表する伝統工芸として、全国にその名が知られている。観光シーズン中、赤膚焼の作家たちが軒を並べる、奈良市西郊にある赤膚山には、多くのファンが観光バスで訪れるほどだ。  若手作家として、まちづくりを担う旗手として、勢力的に活動する大塩昭山さんにお話をうかがった。

〈聞き手〉編集長 上田さとる


 忠実に受け継ぐ伝統
四代目・大塩昭山を襲名されて三周年ということですが、伝統を受け継ぐということはどのようなことですか。
大塩(敬称略)「伝統文化は自分で創るものではない、受け継いで行くものです。基本を忠実に守って後世に送り続けないといけないものだと思います。伝統を守っていくということは、かなり難しいものですね」。
忠実に受け継ぐことの苦しさを、ある伝統文化後継者に聞いたことがありますが、大塩さんはいかがですか?
大塩「伝統を崩せないというところでは苦しい立場です。だけど、守るだけでなく攻撃もしなくてはいけない。きまったまま受け継がれてきたものを後に送り続けることだけでは進歩がない。時代、時代の間に自分の得意とするものや、考えを盛り込んでいって幅を広げていかないと、しぼんでいくものです。ですから、私は伝統の作品も作りますが、創作活動も続けています」。
 Old & New
そうですね、古いものを受け継ぐだけではなく、そこにその時代のなにかをプラスすることによってまた、新しいものが生まれてくる。Old & New ですね。
大塩「四代目を襲名するまでは、先代が、“好きな作品を創ってみろ”、“作品づくりであばれてみろ”と言ってくれていましたので、前衛的な作品も創りました。そのおかげで、伝統作品のすばらしさもわかります」。
どのような作品を創られていたのですか
大塩「従来の赤膚とはまったく違う色や形のものです。京都にある工芸の学校でも学びました。いろんな窯、やきものの人たちが集まって来ていましたので、いい刺激を受けましたよ。1日に120個作るなど、職人としての養成も受けました。5年の修業で学ぶ内容を、そこでは1年でこなすんです」。 
 用の美〜飾られるよりも使われたい〜
赤膚焼は茶器の窯としてその名を受け継いできていますが、大塩さんは食器などの作品も作られていますね
大塩「はい。赤膚焼を広め、理解してもらうためには、大事にしまわれる、飾って置かれる作品だけではだめだと思います。ですから伝統の茶器も作りますが、日常使いの食器、それも和食器だけでなく、洋食器感覚のものも作っています。茶道の世界でなら亭主の気持ち、もてなす側の気持ちに合った器をいつも考えています。もちろん、使い手、もてなされる側の顔も浮かべて」。
器は、使われてこそ価値があると聞いたことがありますが…、それが大塩さんのおっしゃるところの“用の美”ですか?
大塩「そうです。作家の作品は自己主張の強いものですが、私は普段、食器を作るときには料理人、使い手のことを考えます。中身・料理を活かすもの、熱い冷たいや、素材の良さを引き出せるもの、サイズなど、それぞれのマッチングがいちばん大事です。使われることによって器の輝きも増しますからね」。 
 まちづくりの担い手として
料理も器によって完成するということですね。ところで、まちづくりの活動でも、器を通 してご活躍ですが、どのように展開されているのですか。
大塩「家庭での器、普段使いの器から、まちを活性化していきたいと思っています。良い器、好みの器に入れて食べるだけで食文化も変わってきます。プラスティック製の器が、環境ホルモン等の問題で、子どもたちの身体に悪影響を及ぼすと、問題になっていますが、陶器は子どもたちのしつけにも良い影響を与えますよ。形あるものは壊れるんです、割れるからといって子どもたちに陶器を持たせないのではなく、陶器が割れないように、使い方を教えていけばよいのです。まちづくりの活動を通 して、子どもたちに普段の伝統的な生活の作法を伝えていきたいですね」。
後 記
 私とも同世代で、しかも今、奈良を中心とした、まちづくりのキーパーソンとして活動中の大塩さん。朴訥とした人柄ですが、作家としてのしっかりとしたポリシーをお話いただきました。今、「四代目・大塩昭山襲名 三周年記念」として“用の器会”を展開されております。是非、読者のみなさんもこの機会に大塩さんをたずねてみては… 奈良市中町4953 TEL.0742(45)0408  若手作家の代表として、益々のご活躍をお祈り致しております。 上田さとる

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