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壷阪寺住職 常盤勝範さん 〈聞き手〉編集長 上田さとる |
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ご住職になられてどのくらいになりますか |
| 常盤(敬称略)「今年、10周年です(笑)。先代の住職、父が亡くなる直前に帰国しました」。 | |
| どちらに行かれていたのですか | |
| 常盤「日本の大学院を卒業後、アメリカの大学に植物遺伝子を勉強するために留学していました。もし、まだ父が健在なら、アメリカでその専門の仕事をしていたでしょう。そうなれば、今のように、福祉の道とはまた違った生き方をしていたでしょうね」。 |
| この壷阪寺の境内にも慈母園という目の不自由なお年寄りのための特別 養護老人ホームがありますが、今度、いかるがの地にも建設されるということが決まりました、そのことについて伺いたいのですが… | ![]() |
| 常盤「はい、平成10年度中に着工する許可がおりまして、喜んでおります。上田さんにも、土地の誘致等の積極的なご協力いただいたおかげでやっと計画が進みました。感謝しております」。 | |
| いえ、私どもといたしましても地元に、ケアハウスやショートスティ可能な老人ホームができ、そのお手伝いをさせていただいたことを喜んでおります。ところで、なぜ、いかるがという地にこだわられたのかをお教えください。 |
| 常盤「現在運営しております社会福祉法人壷阪寺聚徳会の施設が奈良県南部に集中しており、県下北部に在住の方々へのご奉仕が手薄になっているのではないかと思っていましたところ、いかるがという由緒正しき万葉の地に御縁があって導かれ、開設という運びになったわけです。特に生駒郡地域は古くからお住まいの方々も多いですが、人口急増地帯で、新興住宅地に住むお若い方も増えてきました。ということは、現在だけでなく未来の高年齢化に対応できる施設が必要になってきます。福祉は未来のことも考えていかないといけないのです。私の小さい頃から、父が”福祉とは、すぐには答えの見えない仕事だ“とよく話しておりました」。 |
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そのとおりだと思います。福祉とは、幅広く、終末点のない奥深いものですからね。 |
| 常盤「私たちも日々精進しなければなりません」。 | |
| 目の不自由なお年寄りの福祉に関して、特にお力を入れてらっしゃるようですが…。 | |
| 常盤「先代、私の父が日本で初めて盲老人のための施設を創設して以来、お里・沢市伝説の壷坂霊験記ゆかりの寺ということもあり、盲老人のための福祉向上を主として事業を進めてまいりました。盲老人、目の不自由なお年寄りと申しましても、ほとんどが中途で失明された方で、老齢期に入られてから失明された方も多いのです。生まれた時から御不自由だった方もたいへんですが、見えていたのに中途で見えなくなった方も、精神的には想像のできないほど不安でたいへんです。私たち自身、目の見える側からの配慮による考えの設備や、介助しかできておりませんでしたので、これでよいのだろうかなどと考えることもありましたね。おかげさまでいろいろな方のご意見をうかがって、現在もがんばってご奉仕させていただいております」。 | |
| 私たち地元におきましても、よりよき施設の完成を楽しみにしております。ありがとうございました。 |
| お里沢市伝説 「壷坂霊験記」 寺近くに住む、目の不自由な夫・沢市の目を治したいと毎夜、壷坂の観音に詣でる妻・お里。妻の行動を他の男に逢いに行くと疑う沢市は、お里の後をつけ、真相を知る。自分のおろかさを恥、谷に身を投げる沢市。沢市の後を追い、お里も身を投げるが、日頃のお里の信心で壷坂の観音により、2人とも助かり、沢市の目も見えるようにになったというお話。 |
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